実は意外とない組み合わせ?馬と僧侶が織りなす「愛馬の仏事」🐴👨🏻🦲🪷
- Loveuma.
- 6 日前
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かつて育成牧場の場長を務め、現在は曹洞宗妙安寺の僧侶。
「ウマのお坊さん」こと国分二朗が、徒然なるままに馬にまつわる日々を綴ります。
全国的にも珍しい「愛馬の仏事」
絵馬の販売開始は9時から。
その1時間も前から、絵馬を手に取り物色している人もいた。
上岡絵馬は樅木の板に型紙で刷毛塗り、主線は毛筆で一枚一枚描かれている。
だから一頭一頭の表情や雰囲気が微妙に違う。
ゆえに自分好みの馬を探しているのだ。
手早く絵馬を持ち替えながら「ちょっと瞳が艶っぽい」とか「身体の線が柔らかい」とか、それはもう完全なオタク目線で物色している。
販売開始の30分前、絵馬市保存会代表の根岸さんによる説明が始まった。
上岡の伝統的な絵柄について、となり熊谷の絵馬について。
面白かったのは、最近「ファッション性が高いものを」ということで、ピンク色の馬を取り入れてみたというエピソード。
実馬を扱っていた身としては「おいおい」という感じ。
だが考えてみれば、白毛の馬を洗うと(濡れて地肌が透けるので)ピンクに見えるのは関係者では有名な話だ。
白毛の活躍馬が出ている昨今では、むしろ違和感はない。
伝統を守りつつ、新しい色合いを試したり、ほかの地域(熊谷)の絵馬も混ぜるという試行錯誤を繰り返している。
毎年、絵馬の作家さんと話し合いつつ、制作プランを立てるのだそうだ。
新しい絵柄が生まれたり、一方で無くなってもいく。
数年前からは小柄なポニーの絵馬も加わり、これが大人気らしい。
よく見れば牛の絵馬も多いし、猫や鳥、さらにはトラクターなんて機械もある。
新作の絵柄を出すということは、常連の購入者を飽きさせない為であろう。
時代のニーズに応え、(残念ながら絵馬市が衰退したことも含めて)時代を反映している側面もある。
説明を続ける保存会代表の根岸さんは御年84歳。
この地で生まれ、ずっとこの絵馬市に深く関わり、守り続けてきた。
まだ盛んであった頃の境内の香りを知る人だ。
絵馬を手に取り説明をしながら、根岸さんの頭の中には幼かった頃の絵馬市の熱気が蘇っているに違いない。
そのせいか興奮気味だ。
手に取った絵馬をブンブン振るので、撮影している身としては困ったが、熱い想いは伝わってくる。
根岸さんの周囲がポッコリそのまま昭和初期へタイムスリップしているような感覚があった。
非常に貴重な生の声を聴かせてもらっている、そう思った。
一方で購入者の熱意も凄い。
根岸さんの話を聞きながら、手は忙しく動き、目ぼしいものを見つけようと絵馬の山をかき分け探す。
販売開始前なのに、すでに手に数枚抱えている人もいた。
何の疑問も持たず「もう俺のだかんね」と主張しているわけだ。
清々しさすら感じる反則行為。
だが、まあそれも祭りの熱気のひとつであろう。
毎年新作が出るものの、その枚数はけっして多くない。
是が非でも入手したいという、気迫に溢れていた。
やがて根岸さんの説明が終了。
まだ販売開始には時間がある。
しかし最前にズラッと並ぶ購入者たちが、やおら色めき立つ。
気圧されたのか、なんと15分以上前倒しで販売が始まってしまった。
あっという間に新作から無くなっていく。
さんざんSNSで絵馬の販売は9時からですよ、と説明してきた身としてはちょっと辛いが、まあそれも祭りっぽさではある。
文化財に指定されているのは「東松山上岡観音の絵馬市の習俗」だ。
絵馬そのものではない。
この、絵馬を販売している光景が、文化財なのだ。
売られていく絵馬を眺めながら、100年前の盛んだった頃の雰囲気を想像し、重ねてみるのも悪くなかった。
11時となり「練り歩き」が始まる。
妙安寺本堂前から観音堂まで、神馬一行に先導された僧侶たちが観音堂へ向かう。
錫杖を持った露払いが「シャラン、シャラン」と鳴らしながらゆっくりゆっくりと進んでいく。
すぐ後に神馬の白馬。
やはり映えるし、隊列がきりりと引き締まる。
あとにポニーが続く。
今度は逆にほっこり弛緩して自然と微笑んでしまう。
続いて桜井住職が厳しい面持ちで歩き、さらには多くの僧侶がズラリと続く。

この光景を見て、フト思った。
「あれ?これってなかなか無い光景なのでは?」
馬と神社の神事はごく普通だが、これは「仏事(ぶつじ)」だ。
馬と僧侶の組み合わせを一生懸命考えてみても、子供の頃にテレビで見た西遊記の三蔵法師以外、思い浮かばない。
これはやはり全国に知らしめるべき「愛馬の仏事」なのだ。
それにしても平日なのに人が凄い。
狭い参道もなかなかのものだったが、境内に入ってからは、まさにごった返す状態。
神馬像前に僧侶と馬がズラッと並び、これから開眼法要が始まる。
この稀有な光景を、より良い位置で眺めようと、皆がにじり寄ってくる。
競走馬であれば、あり得ない距離感だ。
吹き飛ばされる人が出てもおかしくないし、悲鳴と怒号が飛び交うやたらアグレッシブなヨーロッパのお祭り状態になりかねない。
(つづく)
文:国分 二朗
編集:椎葉 権成・近藤 将太
著作:Creem Pan
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