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日本屈指の観光型養老牧場はいかにして生まれたのか|引退馬ビジネスの風雲児 1/2(Yogiboヴェルサイユリゾートファーム 岩﨑 崇文)



引退馬事業として珍しいクラウドファンディングへの挑戦、Yogiboとのタイアップ…意欲的なチャレンジを続けるYogiboヴェルサイユリゾートファーム代表・岩﨑崇文さん。「引退馬ビジネスの風雲児」として、岩﨑さんに引退馬事業を始めるまでの経緯やその後の展望を聞いてから、約2年の月日が経った。あれから牧場や岩﨑さんに、どんな変化があったのだろうか──。今回は、日本屈指の観光型養老牧場として急成長を遂げた現在のヴェルサイユリゾートファームについて伺っていく。 



Yogiboヴェルサイユリゾートファーム 代表・岩﨑崇文さん(Creem Pan 撮影) 



オジュウチョウサンやロジユニヴァースがいる日本屈指のリゾートファームに


放牧地の数や併設するカフェの外観など、2年前と比較すると多くのことが変化したように思えるヴェルサイユリゾートファーム。所属馬たちのことで大きな変化と言えるのは、2年前には在厩していなかった多くの種牡馬たちの存在だろうか。ローズキングダムとタニノギムレットの二大看板で始まったヴェルサイユリゾートファームには、現在、障害の絶対王者オジュウチョウサンやダービー馬ロジユニヴァースをはじめ、エタリオウ、ナランフレグ、ノヴェリスト、エンパイアペガサス、キタサンミカヅキ といった種牡馬が在厩し、他の預託馬たちと同じように放牧地で自由な時を過ごしている。基本的に種牡馬たちはスタリオンとして独立した牧場で管理されていることが多いため、繁殖牝馬や引退馬たちと隣同士の放牧地の同じ空間で見学ができるのはヴェルサイユリゾートファームの大きな特徴だといえる。



Yogiboヴェルサイユリゾートファームで暮らす馬たち(本人提供) 


「彼らの放牧地の真正面に牝馬を持ってきてしまうとうるさくなってしまうので、そういうところはもちろん注意しています。扱いに関してはやはりある程度慣れている人でないと、難しいところはあります。結局、種牡馬になるような馬たちは人をすごく見ているので、『ちょっとこれやってみようかな』とこちらを伺っていたりするんですね。それで何にもなかったら『あ、いける』とこちらを舐めてかかってくるので、頭がいいというか、ずる賢いというか、人を見る目はすごくありますね」


種牡馬だけでなく、新たに立ち上げた新規事業もある。見学に来てくれるファンの人たちの来場手段は何かと考えた時、圧倒的に多いのがレンタカーであることに気がついたという。そこから車関係の事業にも着手し、レンタカーや中古車販売、今ではタイヤ交換やJAFのロードサービスまで請け負うようになった。特にレンタカー事業では、販売事業の方で仕入れた外国産車をレンタカーに回すことで他社よりも良い車を比較的安価に提供できるという利点がある。



ヴェルサイユレンタカーの外観と取扱車輌(本人提供) 


「北海道の車道は道幅が広く、ドイツなど欧米の道路の作りに似ているような気がします。せっかくそういう場所に来ていただいているのだから、やはり国産車よりもワンランク上の普段は借りられないような外国産車を借りて北海道旅行を楽しんでもらいたいなという思いがあります。“ワンランク上の車”を借りる人の中には、実業家や法人の役員クラスの方たちも少なくないですし、そんな方たちとの繋がりができるという点では、この事業もヴェルサイユリゾートファームに新しいメリットをもたらしてくれていますね」


牧場と牧場の“横の繋がり”だけでない新しいネットワークが構築されていくことが、ヴェルサイユリゾートファームの事業拡大に大きく寄与している。2年前の取材の中で、岩﨑さんは「関東近辺に引退馬を受け入れる牧場を作って引退馬支援の活動自体を広めていくことが必要なのでは」と話していたが、どうやらそれも新しい事業が繋いでくれたネットワークで一歩ずつ歩みを進めはじめているようだ。



入るものもあれば出ていくものも…変化の多い財政面


冒頭でも触れたが、ヴェルサイユリゾートファーム自体もこの2年でその敷地をどんどんと拡大をしている。道路を挟んだ向こう側にも放牧地や厩舎が増え、今では周囲をぐるっと歩いて厩舎の裏側に回れるようになった。厩舎裏の放牧地には、かつてメインとなる大放牧地で過ごしていたアドマイヤジャパンやスカーレットレディらがいる。さらに新牧場設営プロジェクトとして、年内を目処に本場から車で数分の立地に「ヴェルサイユリゾートファーム別邸ビラ・ウトゥル」を開場させる予定になっている。ビラ・ウトゥルとは、アイヌの言葉で牧場の地名である平取町の意味。以前には、クラウドファンディングを利用したことのあるヴェルサイユリゾートファームだが、今回のプロジェクトに関しても寄付金を募り、総勢143名から3,353,000円の寄付を集めたというのだから驚きである。


「事業を通しての横の繋がりもそうですし、馬の関係者ではない方がこういうような記事を見てくださって、『ああこんな牧場あるんだ。じゃあ一回問い合わせしてみよう』と声をかけていただくこともあります」




ビラ・ウトゥルの建設イメージ(本人提供) 


さらに、牧場の年間売上はついに1億円を突破。マンスリーサポートの人数も順調に増え続けており、それらの他に法人スポンサーが収益の大きな割合を占めていることは2年前と変わらないが、一点だけ大きく変化したと言えるのは、グッズの売上である。収益全体の15%ほどであったグッズの売上は、この2年で全体の40%程度を占めるまでになった。



公式Xよりタニノギムレット牧柵利用鬣入りキーホルダー(シリアルナンバー付)(本人提供)


資料:取材をもとに作成


「やはりBASEやポップアップストアなどでの展開が影響しているのだと思います。ただ『これは良いデザインだ』とか、『これは売れるぞ』と思っても売れなかったりするので、皆さんがどんなものを求められているのかは、未だによく分かっていないというか、難しいですね」


単純に馬のネームバリューだけでグッズが売れるかというとそうでもない。使い勝手の良し悪しやデザインなど総合的に見て、ファンから良いものだと思ってもらうグッズを展開するために日々思考を巡らせている。また、売上が上がっているからと言って莫大な利益があるわけでもない。継続的な物価高により寝藁代や飼料代、電気代は高騰を続けている。加えて、事業を拡大することによって発生する設備投資費、人員の増加に伴う人件費など、入るものもあれば出ていくものも大きいといえる。


「厩舎も建てないといけないですし、放牧地の牧柵を打たないといけません。草刈りも必要ですね。今の時期であれば週に一度はトラクターで回っていますが、それにも燃料費や人件費がかかります。トラクターの調子が悪ければ、直すまでは使えなくなって効率も落ちますし、今は少し直すだけで本当に高いですね。草刈りしたら肥料を撒いて、種を蒔いてというのを定期的にやって牧草を育てていますが、それが土地にお金を蒔いているような感じですね。100万円は軽く超えてしまうので、『高っ!』って思いながら蒔いてます」


工事など一つ一つが高額になっているからこそ、岩﨑さん自らが現場に出ることも多い。近くで故障した車があればJAFとして出動し、時には重機を動かして放牧地を開拓して牧柵を打つ。ヴェルサイユリゾートファームの経営者であるということを考えると、良い意味で不思議な印象を持たざるを得ない。従業員も増え、働いている時間のうち、全ての時間で「経営者」である必要はないにせよ、割合的に現場に出る時間を減らしても不思議はないように思える。




牧場開発の工事風景(本人提供)


「『普通は社長がやることじゃない』ことをやってるってよく言われます。結局自分でやらないと、この速度で進んでいかないっていうのがあるんです。自分でやって失敗するなら、『まぁ、仕方ないか』となるんですが、お金と時間をかけて『これだったら自分でやった方が…』となりたくないっていうのが本音ですね」



なぜ、ここまで成長・拡大を続けられるのか


これまでLoveuma.では、引退馬に携わる多くの関係者の方々を取材してきた。しかし、ヴェルサイユリゾートファームのように、引退馬をベースにしながらビジネス展開できているところは決して多くない。どうして同牧場は、この2年間も成長・拡大し続けることができたのか。その要因の一つに、考え方の柔軟な切り替えがある。


「たとえば、一般客が牧場に来場した際の受付説明についても、変えられるところは変えたいと思っています。従来、牧場は競馬関係者以外を敷地に入れることがないため、引退馬に携わる人たちは、どうしても『人が来たら誰かが相手をしないといけない』『そこに人員が取られてしまう』という考えが先行する傾向にあります。だからそこにコストもかかってしまうんです。ですが、馬に何かされるかもしれないといっても、注意しても響かない人はいます。ですから最近、そこはちょっと割り切った方がいいんじゃないかとすら思っています」


ヴェルサイユリゾートファームでも受付の際には必ず注意事項の説明は行われているが、結局のところ、聞いているか否か、説明が響いているか否かは来場者のモラルに起因するところが大きい。あえて言い換えるなら、説明に割く人員と時間を「不要」と考えることもできる。


岩﨑さんはそうした「不要」と考えた要素を、新たな視点で改善するようにしている。来場者への説明については、そのための人員と時間を省くため、かわりに『QRコードをスマホで読み取ってもらい注意事項や場内の地図をそれで全て完結させる』という形への移行を検討している。どれだけ注意してもルールを守らない人をゼロにすることは不可能に近い。

幸い、今は来場者数も増えており、ファン同士で注意し合えるため、ファンのモラルに任せる形でもいいのではないか──という考えだ。もちろん、最初からうまくいくかはわからない。ただ、そうした改革について、岩﨑さんは「最初から100%を目指すのではなく、段階を踏んで少しずつ変えていけばいいのではないか」と語る。


Yogiboヴェルサイユリゾートファーム 代表・岩﨑崇文さん(Creem Pan 撮影)


「ちょっとしたものからスタートすればいいんじゃないかなと。理想の高いものからバーンっていこうとするから、『失敗したらどうしよう』に繋がって挑戦できないのかなというのはあります。最初に100%やろうっていうのが多分間違えてるんじゃないかなと。やっていく中で修正しながら『初めはこう思っていたけど、やっぱこっちなのかな』とか、スピード感は大事だと思います」


初めから100点満点を目指すのではなく、30点でも40点でも取れたら次に進むような気持ちでやってみる。まずは人に来てもらわないと始まらないが、人が来れば、今度はその人たちの対応をしないといけない。そうであれば、できる限り対応しなくて済むような方法を考えていけばいい。少しずつ段階を踏んでクリアして不足している部分は少しずつ変えていけば良い。だからこそ、「絶対にやらない」と決めている業種や分野はないのだという。新しいものでもやるとなれば、その分野に適した人を配置して試行錯誤し、それが馬たちにとって少しでも良い方向に繋がるのであれば、どんどんと挑戦していくというスタイルだ。


 

今回は日本屈指のリゾートファームとして急成長を遂げたヴェルサイユリゾートファームの現在について、岩﨑さんにお話を伺った。後編となる次回は、今後の展望について伺っていく。


 


監修者プロフィール:平林健一
(Loveuma.運営責任者 / 株式会社Creem Pan 代表取締役)

1987年、青森県生まれ、千葉県育ち、渋谷区在住。 幼少期から大の競馬好きとして育った。自主制作映像がきっかけで映像の道を志し、多摩美術大学へ。卒業後はメディア制作の上場企業に映像ディレクターとして就職し、2017年に社内サークルとしてCreem Panを発足。その活動の一環として、映画「今日もどこかで馬は生まれる」を企画・監督し、2020年に同作が門真国際映画祭2020で優秀賞と大阪府知事賞を受賞した。2021年にCreem Panを法人化し、Loveuma.の開発・運営を開始。JRA・JRA-VAN・netkeiba・テレビ東京系競馬特別番組・馬主会やクラブ法人の広告物など、多数の競馬関連コンテンツ制作に携わる傍で、メディア制作を通じた引退馬支援をライフワークにする。


 

 

後編は12/26(木)公開予定です

 

 

取材協力: 岩﨑 崇文(Yogiboヴェルサイユリゾートファーム 代表)


取材:平林 健一

写真:椎葉 権成

デザイン:椎葉 権成

文:秀間 翔哉

編集協力:緒方 きしん

写真提供:Yogiboヴェルサイユリゾートファーム

監修:平林 健一

著作:Creem Pan


 



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