「なぜ馬は走り続けることが出来ないのか」JRA馬主・塩澤正樹 2/3
馬の損益分岐点
中央競馬の場合、レースに出走させれば、馬主には出走手当が出る。月2回出走させると、出走手当により維持費は採算が取れる計算になる。だがなかなか思惑通りにはいかないのが競走馬だ。
「だいたいの馬主さんは、月2回走ってくれて維持費をペイできたらトントンでええわと考えるけど、そのトントンが難しい。馬主で黒字は5%くらいしかいないのと違うかな。中央だったら単年で黒字にはなっても、3年間で黒字の人は5%もいないと思います」
過去の例でいうと平成29年度のセリの平均価格は1,043万円、同じ年の馬の年間収入が1頭当たり723万円と、セリ値の7割ほどの収入だ。ここに馬の預託料など維持費がかかってくるので、さらに収支は厳しくなり、ほとんどの馬主の収支はマイナスのようだ。
「馬の損益分岐点は、だいたい2,000万円だと考えています。2勝でだいたい収入が2,000万円くらいで、買った馬代金と維持費も何とかなるけれども、2,000万円以上の馬を買うと、2勝しても苦しい。特別レースを勝ってくれると何とかなるけれども、馬代金が2,000万円以上になると、3勝しても苦しくなってくる。やはり損益分岐点を考えておかないと、4~5,000万円の馬を買ったらオープンクラスまでいかないと絶対マイナスになる。そこまで皆考えて冷静に臨むつもりでも、セリの雰囲気に負けて買ってしまう人も多いですね」
競走馬のセール会場(株式会社 Creem Pan)
現役馬の維持費は年間約720万円
前述したが、1頭につき月2回出走できれば維持費は採算が取れると言われているが、競走馬を所有した場合の運営コストは具体的にどのくらいかかるのだろうか。JRAのホームページに「賞金シミュレーター」なるシステムがある。多岐に渡る手当てを条件別に組み合わせて、賞金を自動で試算してくれるツールだ。興味のある方は使ってみて欲しい。
「中央で1頭馬を持ったら、普通は年間4.2回くらいの出走になるけど、僕が持っている馬は1頭につき、年間7.5回くらい。健康であったり、故障しないのは大事だけど、いつどのレースに出すかということを考えてやっています。競走馬の運営コストは1頭あたり月約60万円で年間約720万円。まあざっくり800万円として、1,000万円稼ごうと思ったら年間出走回数4.2回で、さあどうすんねんという話やね。出走手当は賞金によって違うけど、例えば3歳未勝利で1月か2月に9着、3月に10着、で4月に9着と3回走るとすると、1走につき出走手当が44万円ほどだから、3走で130万円くらい。9着以下が3回続くと、スリーアウトといって2か月の出走停止を食らうわけです。出走できるのは停止があけた7月で、1月から約6か月でおよそ360万円の維持費がかかっていて、そこから出走手当の130万円を引くと230万円。と、ここでこれだけマイナスになる。これが現実です」
塩澤さんも毎年、かなりのマイナスになっているという。
「ちょっとしたビルが買えるくらい負けている。大負けしてるわ。でも馬主になって、セレクトセールで馬を買い出して13~14年たつけど、1回も勝たない年はなしやね。それでもかなり負けています。これまでで年間でプラスだったこともあるけど、とにかく経費がかかりすぎるわけ。今だってこれからデビューする馬がたくさんいて、牧場にも繁殖を含めて何頭もいますからね」
繁殖牝馬に種付けをして、出産、育成を経て競走馬としてデビューするまでおよそ3年。それまでは維持費が出ていく一方となる。
「お母さんのお腹に11か月いる間も、母馬と仔馬代がかかると思わないといけません。種付け料はまた別にかかるし、プラスになるわけがないということやね。だからいきなりGIを勝ちました、毎年どんどん重賞勝ちましたとか、そうなると話は別ですけど、そんな人はなかなかいないですから」
塩澤さんの所有している繁殖牝馬の中に、ナオミノユメがいる。この馬の妹にはGIホースのノームコアとクロノジェネシスがおり、現在注目される血統でもある。
「ナオミノユメの子供はどうなっているかというと、1頭目のナオミエキスプレスが未勝利で引退、2頭目のディープブリランテ産駒のマケルナマサムネはまだ未勝利で、今のところ3着が精一杯。それを考えても自分の繁殖牝馬から生まれた子は、当たり外れは関係ないし、かなりリスクが高い。でもセリでは自分が見て買うことができます。つまりセレクトセールで当たりの馬を買うことができれば、毎年勝っているということやね。そりゃ自分の繁殖を持っていれば夢があるけど、当たりを引くのはすごく難しいと思うわ」
無論、GIホースと同じ血筋だからといって、その馬が必ずしも活躍できるわけではない。
このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。
監修者プロフィール:平林健一
(Loveuma.運営責任者 / 株式会社Creem Pan 代表取締役)
1987年、青森県生まれ、千葉県育ち、渋谷区在住。幼少期から大の競馬好きとして育った。自主制作映像がきっかけで映像の道に進み、多摩美術大学に進学。卒業後は株式会社 Enjin に映像ディレクターとして就職し、テレビ番組などを多く手掛ける。2017年に社内サークルとしてCreem Panを発足。その活動の一環として、映画「今日もどこかで馬は生まれる」 を企画・監督し、2020年に同作が門真国際映画祭2020で優秀賞と大阪府知事賞を受賞した。2021年に Creem Pan を法人化し、Loveuma. の開発・運営をスタートする。JRA-VANやnetkeiba、テレビ東京の競馬特別番組、馬主協会のPR広告など、 多様な競馬関連のコンテンツ制作を生業にしつつメディア制作を通じた引退馬支援をライフワークにしている。
馬主孝行代表馬:グァンチャーレ(210万円、2億8,235万円)、キンショーユキヒメ(237万円、1億3,960万円)、テイエムオペラオー(1,050万円、18億3,518万円)、キタサンブラック(推定350万円、18億7,684万円)など。(括弧内は馬の取引価格と獲得賞金)
スネかじり代表馬:私の叔父の愛馬全頭(非公開、非公開)