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サクセスブロッケンの最期の表情|馬たちにとっての「最後の砦」3/3(ホーストラスト 小西英司)



2006年12月に設立された特定非営利活動法人ホーストラスト。

鹿児島県北部に位置する霧島山麓の自然豊かで広大な土地で、現役を引退した競走馬たちがゆったりとした日々を送っている。第二回では理事長の小西英司さんに、「放牧地のパフォーマンスをあげる」という考え方についてお話を聞いてきた。最終回の次回は、ホーストラストが目指す観光資源という新たな需要の創出や、名馬サクセスブロッケンとの別れについて伺っていく。


ホーストラストの馬たちは森林の中にいることも多い(Creem Pan 撮影)



人気の名ダート馬、サクセスブロッケンとの別れ


放牧地のパフォーマンスを高めるということは、直接的に放牧地を綺麗な状態に保つことに繋がる。そしてその綺麗な放牧地は、観光資源という新たな需要の創出にも繋がっているのだ。公益社団法人鹿児島県観光連盟と共に、ホーストラストの放牧地を2時間程度かけてウオーキングする「牧場ハイキング」という体験プログラムを造成し、インバウンドのは外国人観光客をターゲットとしてプッシュしているほか、とある小学校と連携し、林間学校にあたるような形で試験的にホースキャンプなどのプログラムにも取り組んでいる。


「これもニュージーランドで勉強させてもらったんですが、あの国ではメンタル的に障害を抱えている生徒たちに馬を一頭ずつ任せる取り組みがあります。政府や企業が援助・出資をしているんですが、良いシステムだなと思っています。そこまで大がかりじゃないにしても、そういう登校が難しい子たちなんかが馬を見て、少しでも何かリカバーできるようなことになればいいなと思っています」


写真:小西英司さん(Creem Pan 撮影)


さらに教育との連携という面では、大阪府立大学などがカリキュラムの一環としてホーストラストに2週間程度滞在して実習を行うことを取り入れている。北海道の方でも酪農学園大学が同じように実習を行なった。

小西さんが馬の仕事をするようになって35年が経つ。ホーストラストの仕事をするようになって来年3月で20年となる中で、世界の流れも少しずつ変わってきている。かつてと比較すればJRAも、引退名馬繋養展示事業などをはじめとして競馬引退後の馬たちに対して関心を向けていると言える。

この春からは新しく引退競走馬に関する諸課題や馬の福祉充実に取り組む専門的団体 「一般社団法人

TAW(Thoroughbred Aftercare and Welfare)」が設立されたことにより、以前にも増して直面する課題の解決に向けて歩みを進めていくことにもなるだろう。


「こういうような流れを作ったのはクイーン・エリザベス2世なんです」


小西さんはそう言う。どうやら今から10年ほど前に競馬開催国の国家元首たちが集まり、「淘汰」という名のもとに命を垂れ流ししてる状況について話をしたことがあったそうなのだが、それを契機にして少しずつ世界の風向きが変わってきたということもあるようだ。しかし、たとえ風向きが馬たちにとって良い方向に変わってるとしても、こういった牧場に誰もが参入できる形を望んでいるわけではない。そこには馬たちの「最後の砦」としての覚悟や責任がある。


「決して私自身が独占をしたいからというわけではありません。病気のこと、怪我のこと、馬の本質を理解してあげないと、馬も人も可哀想な結果になってしまいます」


引退競走馬の事業だからといって何でもいいと言うわけにはいかない。馬の本質に対して理解を深め、馬たちがその時を出来る限り苦しむことなく、全うできるような形を目指していく必要がある。時には小西さん自身が「預託料がほしいからあんな馬を助けている」などと言われることもある。しかし、そういう馬たちに対して割く時間や労力は預託料だけでペイできるほど簡単なものではない。最後の砦として、そういう馬たちの“エンドポイント”には真摯に向き合ってきた。


写真:ホーストラストで“エンドポイント”を迎えた馬たちが祀られている(Creem Pan 撮影)


小西さんはある一頭の馬を例に出す。

それは、サクセスブロッケンだ。

G1フェブラリーSなどを勝ったサクセスブロッケンは、東京競馬場で長らく誘導馬として職責を務めた後、ホーストラストで最期の時を迎えた。


写真:名ダート馬として人気を博したサクセスブロッケン(ウマフリ提供)


「私は、彼らの最期は人間が決めるんじゃなくて、馬が決めるんだと思っています。『もう立ちたくない、もういい、放っといてくれ』という顔をするんですよ。サクセスブロッケンがそうでしたね。放牧中に転んで骨盤を傷めたんです。頑張って、頑張って、自力で立っていたんですが、最後はもう“そういう表情”をしていました。『ああ、しょうがないね』と。それは馬が、彼自身が決めたことです」


写真:一時的に自立が困難になった馬(Creem Pan 撮影)


偶然にもホーストラストの1時間圏内には、獣医学部のある宮崎大学と鹿児島大学が位置している。ホーストラストで亡くなった馬たちのほとんどは、いずれかの大学に検体として運ばれて解剖される。そうすることで学生たちだけでなく、ホーストラストのスタッフたちにとっても今後のための教材になっていく。そこまでできて、彼らの馬生に対して「向き合った」と言えるのかもしれない。だからこそ、気軽な感情だけで誰もが参入できる事業ではないのである。


写真:放牧中に外傷を負ったと見られる馬(Creem Pan 撮影)



馬の後ろには人がいる


ホーストラストの目指す未来を小西さん自身はどのように描いているのだろうか。


「ホーストラストについては延長線上でいいと思います。ポリシーと言ったら格好良すぎるかもわからないけれど、最初にも述べた通り、自力で立てるとか妊娠していないとか、最低限のルールは設けた中で、いつでも馬を受けいれる方針は変えずにいたい。強いて言えば、もう一つ、隠しごとをしないという方針も変えたくないです。それらの方針を変えないまま、延長線が切れないように、しっかりとした土台を私が作っていかないといけませんね」


起きたことは、たとえそれが自分たちの不注意で馬が怪我をしたり、亡くなったとしても全て馬主さんに伝えたい。隠そうとすることでスタッフのモチベーションの低下やメンタル面へのダメージに繋がるくらいであれば、責任逃れなどは考えずに正直に公表する。その代償としてそれらが経験値として残り、また次の馬たちを救うことにつなげていく。「隠し事をしない」というのは、そのための大切な方針だ。自身が作る土台を切れることなく伸ばして、行き場のない馬を作らないように継続していけるような人材を育てていくことも重要になってくると小西さんは語る。


「馬の後ろには、やはり人がいるわけですからね」


同じ引退馬支援の業界の中にもさまざまな形が存在しているが、馬を不幸にしないという大前提のもとであれば、それぞれの考え方の中でそのものを大きく発展させていくことは大切なことだとも語る。昨今は、これまで競馬に馴染みがなかった世代の人々にも、引退馬支援という分野が少しずつ目に留まるようになって来た。


そうした状況の中、ホーストラスト、そして小西さんはこれからもプレイヤーとして、引退馬たちの現実と命に「現場」として向き合っていくのである。


写真:小西英司さん(Creem Pan 撮影)


 


監修者プロフィール:平林健一
(Loveuma.運営責任者 / 株式会社Creem Pan 代表取締役)

1987年、青森県生まれ、千葉県育ち、渋谷区在住。幼少期から大の競馬好きとして育った。自主制作映像がきっかけで映像の道に進み、多摩美術大学に進学。卒業後は株式会社 Enjin に映像ディレクターとして就職し、テレビ番組などを多く手掛ける。2017年に社内サークルとしてCreem Panを発足。その活動の一環として、映画「今日もどこかで馬は生まれる」 を企画・監督し、2020年に同作が門真国際映画祭2020で優秀賞と大阪府知事賞を受賞した。2021年に Creem Pan を法人化し、Loveuma. の開発・運営をスタートする。JRA-VANやnetkeiba、テレビ東京の競馬特別番組、馬主協会のPR広告など、 多様な競馬関連のコンテンツ制作を生業にしつつメディア制作を通じた引退馬支援をライフワークにしている。


 

 
 

 

取材協力: 小西英司 / NPO法人ホーストラスト


取材:平林 健一

写真:平林 健一

デザイン:椎葉 権成

文:秀間 翔哉

編集協力:緒方 きしん

写真提供:小西英司 / ウマフリ

監修:平林 健一

著作:Creem Pan


 


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