「なぜ馬は走り続けることが出来ないのか」JRA馬主・塩澤正樹 1/3
今回はJRA馬主・塩澤正樹さん
第2回は、競走馬を所有する馬主の1人にスポットを当て、競走馬を購買し走らせた時の損益分岐点、競走馬を所有した時の運営コスト、JRAから支払われる見舞金、所有馬を引退させる基準や引退後をどうするのかなど、これまで表にはあまり出なかった馬主の実情について、JRA馬主・塩澤正樹さんにお話を伺った。
写真:JRA馬主・塩澤正樹さん(写真:本人提供)
塩澤さんが馬主になって、18年ほど経過した。その間、中央競馬で20頭近く所有してきた。現在は現役馬が4頭のうち2勝クラスが2頭、3歳の1勝クラスが1頭、3歳未勝利が1頭。そして今年デビュー予定の2歳馬が2頭という内訳になっている。以前は地方競馬の馬主資格も有しており、岩手、名古屋、笠松、船橋、園田の各競馬場で馬を走らせていた。
「元々僕は馬券を買うのが好きだったんです。ただ競馬場に行っても、ちゃんと座る場所がないから新聞敷いて座ったりしていて。それでぱっと上を見上げたら馬主席があって、いつかはそこに行きたいと思ったのがスタートでした。20年以上前にクラブ法人に出資して、次に馬主資格を取ってオーナーズに入り、すぐに1頭持ちになってセレクトセールに参加したという、そういうのの先駆けになるかもしれないですね」
職業は眼科医。牧場に頼まれて、自らが所有する馬の眼を診ることもあるという。
「獣医さんは馬全体のことはわかっているけど、目に特化はしてないので、こういう症状の時はどの薬を使ったらいいのか、アドバイスを求められることもあります。自分の馬が目を怪我したときには、診に行ってますよ」
勝てない馬に厳しい、現行のルール
競走馬はだいたいが2歳でデビューし、順調に勝ち上がって大きな故障がなければ現役生活を継続することができる。けれども競走成績が頭打ちになったり、故障すると長く走り続けることが困難になる。走りつづけられたらその分命が繋がり、それが馬の支援になるという意見もあるが、実際に馬主をしている立場からするとどうなのだろう。
「ちょっとでも走ってくれたらいいけれど、今のJRAでは成績の上がらない馬は早く引退してくださいというルールになっていますからね」
確かに3歳の未勝利戦終了が、以前よりも早くなっている。
「3歳の7月頃までに勝ち上がっていなかったら、ほぼほぼ終わり。少しでも長いこと走らせたかったら、地方に移籍してその年に2勝、次の年までかかるようなら3勝して中央に戻す。それでも1勝クラスではほぼ通用しないというのが現実です。だから弱い馬を持っていたら、お金がかかるからやめたいという人もいっぱいいるだろうし、その一方で弱くても持った以上は一走でも多く走ってもらって楽しみたい人の二通りいると思います。はじめは皆夢を見て俺の馬は強い、ダービーやと思っている人はいっぱいいると思うけど、現実は1つ勝つのが、めちゃくちゃ大変やからね。セレクトセールで4,000〜5,000万円する馬だって1勝できない馬もいるしね。馬主は今、個人で2,500人くらいいて、以前何かで統計を見たけど、7割強の馬主が5頭以下の所有だったと思います。それやったら、1頭持ったら少しでも走ってほしいというのがあるでしょうね」 では生産牧場によって、勝ち上がり率に差はあるのだろうか。表に大手8牧場の出走頭数、勝ち上がり数、勝ち上がり率が示されている。
(資料:生産者TOP|競馬データベース - netkeiba.comより、Creem Pan 調べ)
「ノーザンファームは別格としても、他は遜色がほとんどないですよね。例えば20頭いたとして、1つ以上勝っている馬がそのうち5頭か6頭。2勝以上挙げている馬が2頭か3頭くらいだったはずで、それが現実やと思う」
つまり活躍馬を多く輩出している大手の牧場でも、その世代の半数以上は勝てないまま3歳未勝利戦終了を迎え、中央競馬で走り続けることが難しくなる。
また前述したように、3歳未勝利戦が終わる時期が年々早くなり、さらには3走連続して9着以下の成績だと出走できないという、競馬関係者の間ではスリーアウトと称される制度がある。また未勝利戦、1勝クラスでは2着から5着に入線した馬に、4週以内になら優先出走権が与えられている。例えば未勝利戦が終わりに近づいた7月、8月に9着以下になってしまったり、5着以内に入れず出走権利を得られなかった馬は、ほぼ中央競馬の競走馬登録を抹消という形を取ることになる。(まれに1勝クラスのレースに格上挑戦をする馬もいるが、未勝利馬は出走決定順が最下位のため、1勝している馬でフルゲートになってしまうと出走できない)。牧場の勝ち上がり率の説明にもあったように、今のシステムの中で中央競馬で生き残るのは相当厳しい。ただ地方競馬に移籍が可能な馬であれば、競走馬として走り続けることはできるが、塩澤さんが地方競馬でも馬を所有していた頃は、賞金面が厳しく途中で断念している。
「岩手で馬を持っていた頃は、確か1着賞金が12万くらいやったかな。それではやっていけないですよ。今はコロナの影響で馬券が売れて賞金も上がってきているから、地方で走らせることもできないわけではないし、馬に関しては景気が良いから、地方競馬で走らせる馬が欲しい人も増えてきていて、中央で抹消されても一応受け皿はある。でもコロナが落ち着いてきて、景気が悪くなって馬の行き場がなくなったらどうなるんやろと思うこともあります」
今は中央競馬も地方競馬も馬券の売れ行きが好調だ。馬もよく売れている。だがこの状況がずっと続くという保証もない。 ちなみに塩澤さんは、自ら所有した馬は、牝馬であれば繁殖に、それ以外は自ら探した乗馬クラブに譲渡しており、現在どうしているかも把握しているという。
このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。
監修者プロフィール:平林健一
(Loveuma.運営責任者 / 株式会社Creem Pan 代表取締役)
1987年、青森県生まれ、千葉県育ち、渋谷区在住。幼少期から大の競馬好きとして育った。自主制作映像がきっかけで映像の道に進み、多摩美術大学に進学。卒業後は株式会社 Enjin に映像ディレクターとして就職し、テレビ番組などを多く手掛ける。2017年に社内サークルとしてCreem Panを発足。その活動の一環として、映画「今日もどこかで馬は生まれる」 を企画・監督し、2020年に同作が門真国際映画祭2020で優秀賞と大阪府知事賞を受賞した。2021年に Creem Pan を法人化し、Loveuma. の開発・運営をスタートする。JRA-VANやnetkeiba、テレビ東京の競馬特別番組、馬主協会のPR広告など、 多様な競馬関連のコンテンツ制作を生業にしつつメディア制作を通じた引退馬支援をライフワークにしている。
私の叔父はとっても気の毒な一口馬主で、素晴らしい血統の走らない高額馬を引き当てる名人です。ある時、良血のわりに競走成績があまりにも振るわないので「これではずいぶん赤字でしょう」と見舞いを述べると、「いや、それほどでもない」という返事。「春の天皇賞でシンガリ負けをしたのに、何やかんやで400万も手当が付いてかえって恐縮した。それよりモレイラはもう来ないのか? 彼がもう一回乗ってくれさえしたら(以下略)」
手当とはなんぞや?と、ずっと思っていたのですが、この記事を読んでようやく納得しました。馬主さんに対してこれほど手厚い配慮をする国は日本だけでしょう。そして、配慮があってもなお赤字になるのが「馬を持つ」ということなんですね。😳
その昔、「馬主がもっと儲かるようにしろ!」と競馬会に堂々と要求した偉い人がいたとか。こういう品位に欠ける人物が要職についていた間は、国際パート1国への昇格など論外。「儲けよう」なんて夢にも思わずに、赤字になってもなっても営々と馬を買い続けて競馬存続と馬質向上に尽力した心ある馬主さんたちのおかげで、現在の日本競馬があるのだと思っています。
しかし、だからと言ってここまで色々な「手当」を付ける必要はあるのかな?とも思う。本賞金以外の全てをカットしたら、当然「やってられない」となって馬主人口は減るでしょう。つまり、競走馬の生産頭数を制限したければ、出走奨励金や付加金や見舞金を削って馬より先に馬主さんを淘汰すればいいということですね。🙄
(中央競馬にも地方競馬にもそんな動きは全くありません。念のため)