「デビューを迎えられなかった馬たち」レイクヴィラファーム・岩崎義久 3/3
牧場を去る馬たち
完治の見込みがないような重傷の馬や、治療をしても競走馬になることを諦めなければならない馬は、牧場から出ていくケースがほとんどになる。その際、新しい行き先が決まる馬もいるという。
「基本的にはサラブレッドに生まれてきているので、サラブレッドとしての役目を全うしてほしいという願いは持っています。牝馬の場合ですと、前にお話した白内障で目が見えなくなったケースでは、ウチでは繁殖に加えることはできなかったのですけど、血統も筋が通っていましたので、繁殖としてほしいという牧場を探しました。行き先が見つかったら、無償で譲渡という形にしています。それには日頃から僕もスタッフも同業者間で良好な協力関係を築くことを心がけています。例えば同業者が大レースに優勝したら、おめでとうございますとお花を贈ったり、今はコロナ禍でなかなか集まれないですけど、生産者の集まりに顔を出すなど、様々な人と幅広く良い関係を作るようにしています。そうすると、今ウチでは無理だけど別の牧場が引き受けてくれますよという情報をもらったりと、互いに助け合っていけると命の選択肢も増えてくると思います。牧場だけではなく、乗馬クラブもしかりです。乗馬としてトレーニングして、その馬にオーナーを探してくれるような、馬を大切にしてくれて信頼できるクラブと良好な関係を保っておくということも心がけています」
だが繁殖として引き受け先が見つからなかったり、乗馬になれない馬たちは廃用となり、命を繋いでいくことはほぼ不可脳だ。レイクヴィラファームでは、放牧地で若駒のリードホースという役割を与えて繫養している馬もいるが、それにも当然限りがあり、命の選別を迫られることとなる。
「メジロドーベルのように放牧地のリードホースとして役割を与えて繫養している馬たちもいますし、我々生産者はできる限りの努力はするのですけど、やはり生産頭数を考えると、それぞれの馬たちに役割を与えてウチで繫養するのには限界があります。なので、例えば貰い手が見つからなかった繁殖牝馬や、高齢になると運動量が求められるイヤリング(1歳)ステージのリードホースの仕事が難しくなって廃用になった時には、業者さんを呼んでお疲れ様でしたという感じで連れていってもらうのですが、その際は無償でお渡ししています。その後その馬がどうなっていくのかは、昔からの慣例といいますか、我々生産者は積極的に知ろうとはしないですね。それは多分、馬たちが行く場所がわかってる、恐らくはこうなるだろうということが、ほぼわかっているからだと思います。業者側もそれは聞いてくれるなというのが、我々の業界の中では常識となっています。それに対して、無責任だとか冷たいという意見をお持ちの方もいるとは思いますが、そのような慣例になっていますね」
写真:繁殖を引退後も、リードホースとして活躍するメジロドーベル(写真左)
(提供:レイクヴィラファーム)
ここに出てくる業者とは主に家畜商(仲介人)や畜産業者、肥育場などを指すわけだが、その業者に送り出す経験を実際にした時、馬たちにどのような思いを抱くのか、答えづらいであろう質問もぶつけてみた。
「まずは感謝ですよね。今まで本当にありがとうと。鶏や豚、牛を飼っている方々が、その命を頂きますという感謝の気持ちを持っているのと、我々も全く同じ気持ちです。お疲れさまでした、本当にありがとうございましたという形で送り出すということですね。もちろん寂しい気持ちはありますけど、それが仕事ですから。僕はどちらかというとウェットな方ではないのですけど、かなり思い入れが強いスタッフもいます。それでもそういったことに関しては、納得してやっているという感じです」
取材を終えて
今回は生産牧場の立場からの普段あまり耳にできない貴重な話を伺い、出産時や成長過程における様々なトラブルによって、早い時期に競走馬としての未来を断たれる厳しい世界に、サラブレッドたちは生きていることがわかった。また、役目を終えた繁殖牝馬が辿る道についても明かされた。競馬という巨大産業のもと、すべての命を生かし続けることのできない現実がある。引退馬支援が注目を集めるその陰で、あまり知られていない「引退馬」にすらなれなかった馬たちのことを、ほんの少し知ることができた。
協力:岩崎 義久
株式会社レイクヴィラファーム
取材:片川 晴喜
文:佐々木 祥恵
構成・編集:平林 健一
著作:Creem Pan
監修者プロフィール:平林健一
(Loveuma.運営責任者 / 株式会社Creem Pan 代表取締役)
1987年、青森県生まれ、千葉県育ち、渋谷区在住。幼少期から大の競馬好きとして育った。自主制作映像がきっかけで映像の道に進み、多摩美術大学に進学。卒業後は株式会社 Enjin に映像ディレクターとして就職し、テレビ番組などを多く手掛ける。2017年に社内サークルとしてCreem Panを発足。その活動の一環として、映画「今日もどこかで馬は生まれる」 を企画・監督し、2020年に同作が門真国際映画祭2020で優秀賞と大阪府知事賞を受賞した。2021年に Creem Pan を法人化し、Loveuma. の開発・運営をスタートする。JRA-VANやnetkeiba、テレビ東京の競馬特別番組、馬主協会のPR広告など、 多様な競馬関連のコンテンツ制作を生業にしつつメディア制作を通じた引退馬支援をライフワークにしている。
あわせて読みたい
※1 ウォブラー症候群・・・頸椎(頸部の骨)の形成、成長異常によって脊髄神経が圧迫され、それによって主に後肢の運動失調や感覚麻痺を引き起こす疾患。
≪HBA日高軽種馬農業協同組合・組合報掲載「獣医のよもやま話」2019年度8月より≫
※2 ボーンシスト・・・関節の軟骨の下にある骨が発育不良を起こして発生する骨病変(骨の中に空洞ができる)で、レントゲン検査では関節面に接したドーム状のX線透過像として認めることができる。≪馬の資料室(日高育成牧場)No.153 2016年8月15日号より≫
※3 OCD・・・発育の過程で関節軟骨に壊死が起こり、骨軟骨片が剥離した状態。≪馬の資料室(日高育成牧場)No.40 2011年9月15日号より≫
このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。
生産段階ですでに一割ほどが淘汰されるサラブレッド。競走馬登録にこぎつけるまでに、どれだけの人手と費用と幸運が必要なことか!
それを考えるにつけ、レースで走ってくれる一頭一頭が宝石のように貴重な存在に思えてきます。生まれてきてくれてありがとう。ここまで無事に育ってくれてありがとう。その美しい/かわいい/勇ましい/トンデモない姿で私たち愚かな人間を楽しませ、勇気づけ、感動を与えてくれてありがとう。
牧場の皆さんと同じように、私も引退馬に何よりも伝えたいのは、この「ありがとう」です。感謝の気持ちを「幸せな余生」というかたちで返したい。一頭でも多くの馬に。